施けたとこは全然《まるで》炭団《たどん》へ霜が降ッたようで御座います』ッて……余《あんま》りじゃア有りませんか、ネー貴君、なんぼ私が不器量だッて余りじゃアありませんか」
ト敵手《あいて》が傍《そば》にでもいるように、真黒になってまくしかける。高い男は先程より、手紙を把《と》ッては読かけ読かけてはまた下へ措《お》きなどして、さも迷惑な体《てい》。この時も唯「フム」と鼻を鳴らした而已《のみ》で更に取合わぬゆえ、生理学上の美人はさなくとも罅壊《えみわ》れそうな両頬《りょうきょう》をいとど膨脹《ふく》らして、ツンとして二階を降りる。その後姿を目送《みおく》ッて高い男はホット顔、また手早く手紙を取上げて読下す。その文言《もんごん》に
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一筆《ひとふで》示し※[#「参らせ候」のくずし字、13−8]《まいらせそろ》、さても時こうがら日増しにお寒う相成り候《そうら》えども御無事にお勤め被成《なされ》候や、それのみあんじくらし※[#「参らせ候」のくずし字、13−9]、母事《ははこと》もこの頃はめっきり年をとり、髪の毛も大方は白髪《しらが》になるにつき心まで愚痴に相成候と見え、今年の晩《くれ》には御地《おんち》へ参られるとは知りつつも、何とのう待遠にて、毎日ひにち指のみ折暮らし※[#「参らせ候」のくずし字、13−11]、どうぞどうぞ一日も早うお引取下されたく念じ※[#「参らせ候」のくずし字、13−12]、さる二十四日は父上の……
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と読みさして覚えずも手紙を取落し、腕を組んでホット溜息《ためいき》。
第二回 風変りな恋の初峯入《はつみねいり》 上
高い男と仮に名乗らせた男は、本名を内海文三《うつみぶんぞう》と言ッて静岡県の者で、父親は旧幕府に仕えて俸禄《ほうろく》を食《はん》だ者で有ッたが、幕府倒れて王政|古《いにしえ》に復《かえ》り時津風《ときつかぜ》に靡《なび》かぬ民草《たみぐさ》もない明治の御世《みよ》に成ッてからは、旧里静岡に蟄居《ちっきょ》して暫《しば》らくは偸食《とうしょく》の民となり、為《な》すこともなく昨日《きのう》と送り今日と暮らす内、坐して食《くら》えば山も空《むな》しの諺《ことわざ》に漏《も》れず、次第々々に貯蓄《たくわえ》の手薄になるところから足掻《あが》き出したが、さて木から落ちた猿猴《さる》の
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