方に来た時、私はわざと眠つてゐるふりをした。
 妻は蚊帳を吊らうとした。
 蚊帳の縁が私の顔に触れた。私は目を覚ますふりをした。
 妻は私に一言も云はず、すぐこつちに背を向けて寝た。私も黙つてゐた。妻は寝入つたらしいが、私は寝られなかつた。朝まで眼を閉ぢなかつた。


     ○
   七月二日
 二十七日? の夜、私は妻に云つた。確かにお前はOが好きだしOはお前が好きだ、お前の似合の亭主は俺でなくてOだ、俺のところへ来たのはお前の間違ひだつた、俺も同様だ。すると妻はただそんなことはもう仰有らないで、元通りに『仲好く』〔日本語〕暮しませう、と云ふばかりだつた。
 そのくせ妻は相変らずOの側にいつまでも坐つてゐる。私が二人の関係に就いて云つた事を妻は認めておきながらこの有様だ。

 二人で私を玄関まで送る時には、私の胸が緊めつけられる。Oは正面に突つ立つてゐる。妻はその足許に膝を突いてゐる。さうして二人は一緒に私にお辞儀する。おまけに私は、『二日も経てば仕事が片附く。あつちへもやつていらつしやい。』などと無理にも云はなければならない。
 二人の様子を見てゐると、何だかこつちが客で向ふが
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