はひつきりなしに咳をしてゐる。咽喉の病気だ。
 この二つの事実の比較して私は……尤も私は間違つてゐるかも知れない。咳は咳でも妻の仕方とOの仕方は違ふから。

  手紙

     ○
  妻は横山には別の態度を取つてゐる。

  私が妻を何かで叱つたら、Oはそれを庇つた。


     ○
   六月二十七日
 明日はどんな事があつても下宿へ行くと妻に申し渡した。
 妻は私のこの言葉を平気な顔をして聴いた。私が幾らかためらつてゐると、妻は、どうせさうしなければならないんだから決めたことはさつさと実行する方がいいと云つた。
 二階へ行つて話すと、Oはさうかと云つたきりであつた。
 妻も上つて来た。Oは私よりも妻と余計話した。妻が赤ん坊の泣声を聞きつけて下りて行くと、我々二人は執拗に沈黙した。両方に具合の悪いこの沈黙を破つたのは私の方だつたらしい。
 私は寝ようと思つて階下へ降りた。六畳の小さなランプがまだ消してないのに気がついたから妻にまた起きるのかと訊いた。妻は、Oには別にして上げることもないから起きません、どうぞランプを消して下さいと云つた。妻からそんな返答をされると、私は意地悪に似た不思議な感情に捉へられて、Oはまだお茶が欲しいかも知れないから一杯持つて行つて上げる方がいい、と云つた。
 それから間もなく妻は起きてOのところへお茶を持つて行つた。十一時頃である。
 行つたと思ふと中々帰らない。初めは二人の話声が聞えてゐた。やがてそれが途切れがちになつた。つまり話がはずまないのだ。
 十二時過ぎに赤ん坊が泣き出した。妻はその時やつと帰つた。四十分許りOのところにゐたことになる。

 それから小供が又寝入つた。私と妻の間に頗る注目すべき対話が行はれた。

  妻との対話

     ○
  二十七日夜、妻と注目すべき対話。豆の話。


  二十八日?
 妻が小供達を連れて来る。
 敷布の赤いしみが私には怪しく思はれる。
 妻はそれを取り換へに来たのだ。
 私が今日引越しすることを知つてゐる筈なのに、妻は私を待たずに赤ん坊を連れて髪結に行つた。
 私は妻の留守中に引越しをした。
 眠れなかつた。一晩中Oのこと、妻のことを考へた。


     ○
   六月二十九日
 朝、蚊帳を買はせるため帰宅した。
 妻は蚊帳を持つて来た。
 妻は云ふ、Oは昨夜遅く帰つてすぐお寝み
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