り、「妾の冬子」があることを考えて暗鬱な気がした。(いけない。どうもいけない。どうもこう虚偽が堅められていてはいけない!)と彼はとっさに思った。三十分経ってから女中が平一郎を「旦那様がお呼び」だと言った。天野はこの邸でも、かつて金沢の古龍亭であったように下松町の別邸においてあったように、茶の間の中央に毛布をかけてゆったり寝そべっていた。綾子は火鉢にもたれて黙していた。
「お前、話をしたのかい」
「ええ、ひる頃奥山が見えて紹介して行きました」
「学校のことは?」
「それはまだ」
「ふうむ」天野が平一郎を見て「学校は何年だったっけな」と聞いた。
「四年を終了して居ります」
「それじゃM学院がここから近くていいから、明日でもお前行ってくるがいい」そして彼は「田中に手紙を書こう」と言った。足をもんでいた粂は奥座敷から硯箱と巻紙を持って来た。天野は筆をなすりつけるようにして書き終えて封書を平一郎の前に置いた。
「明日これをもってお前自身M学院へ行ってくるといい。田中というのはわたしが以前から知っている人だから」
「はい」と平一郎は瞳を上げると、自分を火のように熱心に見つめている綾子の瞳を感じては
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