た。奥山は莨《たばこ》を吹かしてお世辞を言った。平一郎はこの厭な見知らぬ男の「身内」となって天野の邸へ行くのを厭なことだと思った。しかし彼はまた思い返した。「何も修行である」と。
お光が金沢にひとり四十年の「埋れたる過去」を潜ませて淋しく居残っているその「過去の運命」を誰も知らなかった。天野も知らなかった。冬子も知らなかった。また天野の妻であるお光の姉の綾子も知らず、平一郎自身も知らなかった。彼等は遂に人間であるが故に、人間は遂に自分の真の運命には無知であるが故に。天野は冬子のため、また自分の息子が不良少年で後継者とするに足らないと考えて、冬子はお光への「恩返し」として、また一生自分には子が恵まれないことを知った頼りなさも加わって、天野の妻の綾子はどう考えたかは分らないまでも現在自分の甥であり、その昔、処女の一心に恋い慕っていた恋人大河俊太郎の忘れ遺子《がたみ》であろうとは知らなかったであろう。そして平一郎もまたこれらの事実には無知であった。彼にはただ神聖で荘厳で、熱烈な燃ゆる意思があるのみである。その意思こそは万人の心に響き万人を救おうとする意思である。万人のために僕《しもべ》と
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