よいか迷ってるように、そして眼光の厳粛さはその迷っている自分の腑甲斐なさを怒っているようにそこに腰をかがめて立っているのを見出した。
「大河の小母さんよ、今度お仕事に来て下さった」
「どうぞまた、よろしく」とお光が言った。
小妻はどこかで見た人のような気がした。鷹揚な温かさが彼女にはなつかしい気がした。こうした家のお仕事にくるような人柄でもないのにと思った。すると飛躍するように自分の今の身がこの人の前に羞かしくなった。彼女はうつむいて、
「わたしこそ」と小さく言った。冬子は黙ってしまった。
冬子は少し上気していた。冬子は、お光に会うときはいつも快げに微笑んでいたが、春風楼へ来ると唇をかたく結んで静かにやや陰鬱に顔容《かおかたち》を乱さなかった。口もあまり利かない。こうした営業の女には不似合な無愛想な沈黙と威厳が彼女を妙に寂しい美しさに洗い清めていた。お光は小妻と冬子を見比べながら冬子の本来の美しさを見たような気がして嬉しかった。一緒に話していてはそう秀でた女とも思えないが、緊張した彼女は、廓でも名妓と立てられるだけに気象に凛としたひびくものがあるのだと、まるではじめて冬子を見たもののようなことを考えていた。とにかく、三人は朝の光を浴びて囲炉裡の辺に坐って黙っていた。こうした場合に何か言い得るものは魂なき無生物のみである。
「時ちゃん、お茂ちゃん、起きないの。もう遅いのよ、お茂ちゃん! 時ちゃん!」
お幸の円い厚みのある声が店の方で聞えた。
「米子ちゃん、市子ちゃん、こら、お臀をこんなに出して、夜中に誰かが持っていったらどうするの。お起きなさいよ、こら!」ぴた/\小さい妓等の臀を叩くらしい音と、寝ぼけざましの哄笑が一斉に聞えた。店の女達はみな眼をさました。
「時ちゃん、自分の床だけは上げるといいわ」
「はい/\」
「昨夜はおかしな夢ばかり見ていたっけ」
「鶴子さんの夢なら大抵知れていますわ」
「そうでしょうよ――可愛いい男の夢ですよ」
お幸がふだんの意気な単衣に博多の下帯をしめて、楊枝を使いながら出て来た。怜悧な彼女のよく動く生き生きした眼が、お光の上にじっと暫く止まっていたが、説明を求めるように冬子の方へ向いた。冬子はそのお幸の眼が嫌いでならなかった。怜悧な打算強いその眼、男が一度その眼にうたれてすぐある誘惑を胸に連想するようなその眼、冬子にはその眼が嫌いで
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