堪らなかった。大抵の場合は冬子は沈黙した。お幸は冬子を高慢ちきだと言った。もしお幸が自分の男に対する或る種の自信が弱いか、毎月末における花高が冬子よりも下ででもあったなら、彼女の蛇のような邪智は冬子に対して悪辣さを発揮したか知れなかったが、冬子の客はある少数の範囲に限られていたし、それに彼女は夜泊まりすることが嫌いだったので、そしてその嫌いが大抵の場合押し通せる程に彼女の力量が認められていたので、冬子は花高はお幸に及ばなかった。そしてそれが彼女のためによかった。が、そうした冬子でも今は黙していてはお光が立ちゆかない。
「お幸さん、お早う」
「お早う」
「あのいつもお話しておったでしょう。大河の小母さんよ。お仕事に来て戴くことになりましたのよ。またどうぞよろしくね」
「そうなの。どうぞよろしく」
 お幸はお光をちらっ[#「ちらっ」に傍点]と見た。彼女はお光が地味な、少し勝手のちがった、征服しようにも手がかりのないような多少不可解な四十女に見えた。しかし彼女の才気と聡明が、そして廓の女以外に対する無知が彼女の心を安心させていた。お光はそこに小造りなぴち/\と跳ねあがっている新しい小魚のような美しいお幸を見た。
「ゆっくりしていらっしゃるといいわ、小母さん」
 お幸は洗面所のほうへ去った。
「お茂さん、その紙屑を拾ってゆくといいわ」
 お茂が肌着を脱いで単衣にきかえて茶の間へ出てこようとするのを、時子が細帯をぐる/\巻きしめながらお茂を呼びとめた。その呼び止め方の気随《きずい》さがお茂の心に痛みを与えた。
「何を」
「その紙屑ですよ」
 時子がお茂の足下を指さした。そこに、丸められた、汚血のにじんだ紙くずが転がっていた。お茂ははっ[#「はっ」に傍点]としたらしかったが、非常な速力で、昨夜、悲しい暗鬱な気持で遅く帰って来てから床にはいったまでの間を反省してみるような目つきで、お茂は言った。
「これはわたしのではなくってよ」
「お茂ちゃんのでなくて誰の」
「誰なのかわたしが知っているものかね」
「ふん――」
 時子は、細帯をきゅうっとしめて、ふくらんだ乳房のあたりをぽんと叩いた。叩いた拍子に時子の※[#「糸+峰のつくり」、66−6]絹裏《もみうら》の袖からころころと同じような紙屑が畳の上へ転げ落ちた。お茂の眼は輝いた。が、その輝きは輝いたことを羞じらうようにまた持前の暗い容貌
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