でつまり今夜はあの人達にうんとお酒を飲ましてその上――を取り持ってぐう[#「ぐう」に傍点]の音も出ないようにしてしまいたいのだってさ――」
「ふうむ――」
「ところが困ることには、あたしはまあ川村さんのお相手をするとしても、あと十七人の人に菊ちゃんに時ちゃんに富ちゃんに、茂ちゃんにそれから小妻さんにも出てもらうとしても、うちの妓《こ》ばかりで五人しかいないでしょう。わたし今電話をかけてやって――屋の奴さんに××楼の桃太郎さんに○○楼のひよ子さんの三人だけを今すぐ来てもらうことにしたけれど、それでも八人しきゃいないわ」
「いいさね、しかたがないからくじ引きして負けたものが損なのさ。そんなに男嫌いばかりでもなさそうじゃないかね。おほほほほ」
「でもいくら男好きでもこんなのはみな嫌がりますからね、女将さん」
「ね、そうおしよ、わたしが今くじ[#「くじ」に傍点]をこしらえるからね」
お幸も仕方がなかった。それに彼女の利己主義は自分だけは川村一人を相手にすればよかった場合だけに、強いて深い思案をする必要もないとした。彼女は鏡で襟を直して、そして二階へ上がっていった。暫くして「今晩は、女将さん」と三人の若い、しかしあまり美しくない妓《こ》が三味線も持たずに上がって来た。
「御苦労さん」女将は三人を手招きしてよびよせた。そして微かな声で五分間もこの夜のわけを話した。三人とも嫌な顔をしたが口では、「ええ、ようござんすわ」と答えた。三人は女将の出した観世縒《かんぜより》を抜きとった。三人共二人の籤にあたった。まだしものそれが悦びでもあるような顔を三人はした。
「それじゃ二階へあがって頂戴」
三人は階段をあがっていった。二階では狂暴な、野獣性の叫びが一斉にあがった。
「さ、のまなくちゃいかん。我輩のさした盃を受け取らんちゅう法があるか!」
酒と女の香が十八人の男の理性、習慣をふみにじり吹き倒してしまった。暴風のような乱調子な三味の音響につれて、男の濁った胸の引きさけるような吠えるような野卑な声音《こわね》が、無茶苦茶な流行唄を怒鳴った。そうした嵐の間を一人一人芸妓がそうっと下りて来た。そして女将の手からこの夜の運命を決定する観世縒を抜きとっていった。時子は二人のをとったとき、さすがに悦しそうに白い歯を出して笑った。菊龍も富江も深い溜息をついて、そして仕方なさそうにのぼって行った。
前へ
次へ
全181ページ中59ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島田 清次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング