た家。家の隣は西洋草花などを作つてある花畑であつた。涼風のそよぐ夏の夕方なぞ白絣縮緬《しろがすりちりめん》の兵子《へこ》帯をしめた若い文士の姿がいつも杉垣の中に、大勢の従姉妹達に包まれて見えた。
 色の白いほつそりとした若い文士の其の頃の面差しは、従姉妹達の胸にくつきりと刻み込まれてあつた。
『あの時分は私等も若かつたわねエ!』
 三人の内の一番若い従妹がこう叫んで一座の人々を見渡した。
『あの時分のことを思ふと丸で夢の様ですわ。』
 と三人の子持に成つた一番上の従姉が心細そゝうに言つた。
 線香の白い灰がほろり/\とくづれて、やつれた主人の顔にくづれる度に淡い陰をつくつてゐた。
 主人は――行くりなくも気が狂つて死んだ亡き妻の青白い顔を思ひ浮かべて、白い布の寝棺の上に目を落じて、一人残つて行く自分の身を思つて見た。

    (二)[#「(二)」は縦中横]

 其処には長い/\年月があつた。昔の家、昔の庭、昔の木、それらが皆昔と云ふ字を持つ様に成つた。
 其一人息子の生れた頃には、新築の家は木の香が甘く漂ひ、庭には青苔も生えず南天の実が赤く実つて居た。杉の苗木がばらばらに門際に植えて
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