とに可哀想でたまりませんよ。』
棺の主の病の為にわざ/″\看護に来て居る年の割に老けた女が沁々こういつた。大粒の涙がほろ/\と膝にふり落ちて居る。
『真実《ほんと》にね、清さんがこんなに成らうとは思はなかつたんですよ。』
傍に眠さうに座つて居た病人の従姉妹達もくづれかかつた丸髪を気にし乍ら、心からと言つた風に相槌を打つた。
二三年の内に見違へる様に美しくなつた之等《これら》の女連を見比べて居た此女の主人は
『が、死ぬ迄筆を離さなかつた。俺もつくづく可哀想に成つたて』
と、じいつと棺にかぶさつた白い布を見詰めつつ、遠い/\昔の事の様に亡き人の追想に耽つた。
一座の人々は一様に頭の髪のいつか白くなつた主人の顔を見守つててんでに亡き若人の達者であつた日の事を描いて見た。
亡き若人は早稲田の学舎に学んだ身であつた。彼れの処女作が或る文学雑誌にかかげられた時、彼の恩師は偉大なる文学者の卵であると推賞した。而《そ》してきび/″\した筆致と幼き日を慕ふ情緒とを持つた大文学者の卵は夏になると、定《き》まつて東京から日本海の荒波の音の絶えぬ故郷へ皈《かえ》って来るのであつた。
杉垣の或古び
前へ
次へ
全13ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島田 清次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング