昨日の稲刈りなどは随分みじめなものであった。だれにもかなわない。十四のおはまにも危うく負けるところであった。実は負けたのだ。
「省さん、刈りくらだよ」
 というような掛け声で十四のおはまに揉《も》み立てられた。
「くそ……手前なんかに負けるものか」
 省作も一生懸命になって昼間はどうにか人並みに刈ったけれど、午後も二時三時ごろになってはどうにも手がきかない。おはまはにこにこしながら、省作の手もとを見やって、
「省さんはわたしに負けたらわたしに何をくれます……」
「おまえにおれが負けたら、お前のすきなもの何でもやる」
「きっとですよ」
「大丈夫だよ、負ける気づかいがないから」
 こんな調子に、戯言《じょうだん》やら本気やらで省作はへとへとになってしまった。おはまがよそ見をしてる間に、おとよさんが手早く省作のスガイ藁《わら》を三十本だけ自分のへ入れて助《たす》けてくれたので、ようやく表面おはまに負けずに済んだけれど、そういうわけだから実はおはまに三十本だけ負けたのだ。
 省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみに
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