》ったって、苦しいのなんのというもんかと力んで見る。省作はしばらく井戸ばたにたたずんで気を養うている。井戸から東へ二間ほどの外は竹藪《たけやぶ》で、形ばかりの四つ目垣がめぐらしてある。藪には今|藪鶯《やぶうぐいす》がささやかな声に鳴いてる。垣根のもとには竜《りゅう》の髭《ひげ》が透き間なく茂って、青い玉のなんともいえぬ美しい実が黒い茂り葉の間につづられてある。竜の髭の実は実《じつ》に色が麗しい。たとえて言いようもない。あざやかに潤いがあるとでも言ったらよいか。藪から乗り出した冬青《もち》の木には赤い実が沢山なってる。渋味のある朱色《しゅいろ》でいや味のない古雅な色がなつかしい。省作は玉から連想して、おとよさんの事を思い出し、穏やかな顔に、にこりと笑みを動かした。
「あるある、一人ある。おとよさんが一人ある」
 省作はこうひとり言にいって、竜の髭の玉を三つ四つ手に採った。手のひらに載せてみて、しみじみとその美しさに見とれている。
「おとよさんは実に親切な人だ」
 また一言いって玉を見ている。
 省作はからだは大きいけれど、この春中学を終えて今年からの百姓だから、何をしても手回しがのろい。
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