さんが、人の妻でいながらあんなことをするのは、困ったなア。いくら考えなおしてもおとよさんはえい人だ、いとしい人だ。おとよさんのためならおら罪人になってもえい。極道人《ごくどうにん》になってもえい。それでおとよさんさええいと思っててくれるなら。ああ困った。
省作はとうとう鶏の鳴くまで眠れなかった。幾百回考えても、つながれてる犬がその棒をめぐるように、めぐっては元へ返り、返っては元へ戻り、愚にもつかぬ事をぐるぐる考えめぐっていたのだ。泳ぎを知らない人が水の深みへはいったように、省作は今はどうにもこうにも動きがとれない。つまりおとよさんの恋の手に囚《とら》われてしまっているのだから、省作が一人であがいた分には、いくらあがいたってなんにもならないのだ。この事件は省作の心だけではどうすることもできないのだ。
五
それから後のおとよさんは片思いの人ではなかった。隣同士だからなんといっても顔見合わせる機会が多い。お互いにそぶりに心を通わし微笑に意中を語って、夢路をたどる思いに日を過ごした。後には省作が一筋に思い詰めて危険をも犯しかねない熱しような時もあったけれど、そこはおとよさんの
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