しっかりしたところ、懇《ねんごろ》に省作をすかして不義の罪を犯すような事はせない。
 おとよさんの行為は女子に最も卑しむべき多情の汚行《おこう》といわれても立派な弁解は無論できない。しかしよくその心事に立ち入って見れば、憐《あわれ》むべき同情すべきもの多きを見るのである。
 おとよさんが隣に嫁入ったについては例の媒妁《なこうど》の虚偽に誤られた。おとよさんの里は中農以上の家であるに隣はほとんど小作人同様である。それに清六があまり怜悧《りこう》でなく丹精でもない。おとよさんも来て間もなくすべての様子を知っていったん里へかえったのだが、おとよさんの父なる人は腕一本から丹精して相当な財産を作った人だけに、財産のないのをそれほどに苦にしない。働けば財産はできるものだ、いったん縁あって嫁いったものを、ただ財産がないという一か条だけで離縁はできない、そういう不人情な了簡ではならぬといわれて、おとよさんはいやいや帰ってきた。父の言うとおり財産のないだけで、清六が今少し男子《おとこ》らしければ、おとよさんも気をもむのではない。そういう境遇のところへ、隣のことであるから、自然省作の家と往復《ゆきき》して
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