おとよさんももちろん人をばかにするなどの悪気があってした事ではないけれど、つまりおとよさんがみんなの気合いにかまわず、自分一人の秘密にばかり屈託していたから、みんなとの統一を得られなかったのだ。いつでも非常なよい声で唄をうたって、随所の一団に中心となるおとよさんが今日はどうしたか、ろくろく唄もうたわなかったからして、みんなの統一を欠いたわけだ。清さんや清さんのお袋は、またどうしたかごきげんが悪いや、珍しくもない、というくらいな心で気にかけない。この稲刈りにはおとよさんがいなかったらかえってほかの者らには統一ができたのだ。そういうおとよさんははなはだ身勝手な女のように聞こえるけれど、人を統一する力あるものはまたその統一を破るようなことを必ずするものだ。
おとよさんの秘密に少しも気づかない省作は、今日は自分で自分がわからず、ただ自分は木偶《でく》の坊《ぼう》のように、おとよさんに引き回されて日が暮れたような心持ちがした。
三
今日は刈り上げになる日であったのだが、朝から非常な雨だ。野の仕事は無論できない。丹精一心の兄夫婦も、今朝《けさ》はいくらかゆっくりしたらしく、雨戸の
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