て歩くようなことはないのだ。お早うございますが各自《てんで》に交換され、昨日のこと天気のよいことなど喃々《なんなん》と交換されて、気の引き立つほどにぎやかになった。おとよさんは、今つい庭さきまで浮かぬ顔色できたのだけれど、みんなと三言四言ことばを交えて、たちまち元のさえざえした血色に返った。
 おとよさんは、みなりも心のとおりで、すべてがしっかりときりっとして見るもすがすがしいほどである。おはまはおとよさんを一も二もなく崇拝して、何から何までおとよさんをまねる。おはまはおとよさんの来たのを見るや、庭まで出ておとよさんを迎え、おとよさんの風《ふう》の上から下まで見つめて、やがておとよさんの物をこれは何これはどうしてと、一々聞いて見る。おとよさんは十九だというけれど、勝気な女だからどう見たって二十前の女とは見えない。女としてはからだがたくまし過ぎるけれど、さりとて決して角々《かどかど》しいわけではない。白い女の持ち前で顔は紅《くれない》に色どってあるようだ。口びるはいつでも「べに」をすすったかとおもわれる。沢山な黒髪をゆたかに銀杏《いちょう》返しにして帯も半襟も昨日とは変わってはなやかだ。
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