かった、軒の下は今掃いた許りに塵《ちり》一つ見えない、家は柱も敷居も怪しくかしげては居るけれど、表手《おもて》も裏も障子を明放《あけはな》して、畳の上を風が滑ってるように涼しい、表手の往来から、裏庭の茄子《なす》や南瓜《かぼちゃ》の花も見え、鶏頭《けいとう》鳳仙花《ほうせんか》天竺牡丹《てんじくぼたん》の花などが背高く咲いてるのが見える、それで兼公は平生花を作ることを自慢するでもなく、花が好きだなどと人に話し為《し》たこともない、よくこんなにいつも花を絶やさずに作ってますねと云うと、あアに家さ作って置かねいと時折仏様さ上げるのん困るからと云ってる、あとから直ぐこういう鎌が出来ましたが一つ見ておくんせいと腕自慢の話だ、そんな風だからおれは元から兼公が好きで、何でも農具はみんな兼公に頼むことにしていた。
其朝なんか、よっぽど可笑《おか》しかった、兼公おれの顔を見て何と思ったか、喫驚《びっくり》した眼をきょろきょろさせ物も云わないで軒口ヘ飛んで出た、おれが兼さんお早ようと詞を掛ける、それと同んなじ位に、
「旦那何んです」
とあの青白い尖口《とんがりぐち》の其のたまげた顔をおれの鼻っさきへ
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