亡き人の俤を思ひ出さずに居られなかつた。
くり/\としたつむり、赤い縞の西洋前掛を掛け、仰向いて池に浮いてゐたか、それを目つけた彼れの母の、其驚き、其周章、悲しい聲を絞つて人を呼びながら引上げた有樣、多くの姉妹等が泣き叫んで走り廻つたさまが、まざ/\と目に見るやうに思ひ出される。
三人が上つてきて、又一しきり親子姉妹が云つて甲斐ないはかな言を繰返した。
十二時が過ぎたと云ふので、經机に燈明を上げた。線香も盛にともされる。自分はまだどうしても此の世の人でないとは思はれない。幾度見ても寢顏は穩かに靜かで、死といふ色ざしは少しもない。妻は相變らず亡き人の足のあたりへ顏を添へて打伏してゐる。さうしてまた屡※[#二の字点、面区点番号1−2−22、48−4]起きては我が兒の顏を見守るのであつた。お通夜の人々は自分の仕振りに困じ果てゝか、慰めの詞も云はず、聊か離れた話を話し合うてる。夜は二時となり、三時となり、靜かな空氣は總てを支配した。自分は其間に一人拔け出でゝは、二度も三度も池の周りを見に行つた。池の端に立つては、亡き人の今朝からの俤を繰返し繰返し思ひ浮べて泣いた。
おつちやんにあつこ、
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