の顔はどうするつもりだ。勝手にしろ、おッ母さん、とんだお邪魔をしました」
 薊は身を飜《ひるがえ》して降り口へ出る、母はあとからすがりつく、お千代も泣きつく。おとよは隣座敷にすすり泣きしている。薊はちょっと中戻《ちゅうもど》りしたが、
「帰りがけに今一言いっておく。親類も糞《くそ》もあるもんか、懇意も糸瓜《へちま》もねいや、えい加減に勝手をいえ、今日限りだ、もうこんな家なんぞへ来るもんか」
 薊は手荒く抑《おさ》える人を押《お》し退《の》けて降りかける。
「薊さんそれでは困る、どうかまあ怒《おこ》らないでください。とよが事はとにかく、どうぞ心持ちを直して帰ってください」
 お千代はただしがみついて離さない。薊はようやく再び座に返った、老人は薊を見上げて、
「ばかに怒ったな」
「おらも喧嘩《けんか》に来たんじゃねいから、帰られるようにして帰せ」
 薊の狂言はすこぶるうまかった、とうとう話はきまった。おとよは省作のために二年の間待ってる、二年たって省作が家を持てなければ、その時はおとよはもう父の心のままになる、決して我意をいわない、と父の書いた書付《かきつけ》へ、おとよは爪印《つめいん》を
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