春の潮
伊藤左千夫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)戻《もど》って

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)深田|贔屓《びいき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)一|小廬《しょうろ》を[#「一|小廬《しょうろ》を」は底本では「一|小慮《しょうろ》を」]
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      一

 隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻《もど》ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎《とが》めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐったのである。
 家の人たちは山林の下刈りにいったとかで、母が一人《ひとり》大きな家に留守居していた。日あたりのよい奥のえん側に、居睡《いねむ》りもしないで一心にほぐしものをやっていられる。省作は表口からは上がらないで、内庭からすぐに母のいるえん先へまわった。
「おッ母《か》さん、追い出されてきました」
 省作は笑いながらそういって、えん側へ上がる。母は手の物を置いて、眼鏡越《めがねご》しに省作の顔を視《み》つめながら、
「そら
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