まあ……」
驚いた母はすぐにあとのことばが出ぬらしい。省作はかえって、母に逢《あ》ったら元気づいた。これで見ると、省作も出てくるまでには、いくばくの煩悶《はんもん》をしたらしい。
「おッ母さん、着物はどこです、わたしの着物は」
省作は立ったまま座敷の中をうろうろ歩いてる。
「おれが今見てあげるけど、お前なにか着替も持って来なかったかい」
「そうさ、また男が風呂敷包《ふろしきづつ》みなんか持って歩けますかい」
「困ったなあ」
省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児帯《へこおび》のぐるぐる巻きで、そこへそのまま寝転《ねころ》ぶ。母は省作の脱いだやつを衣紋竹《えもんだけ》にかける。
「おッ母さん、茶でも入れべい。とんだことした、菓子買ってくればよかった」
「お前、茶どころではないよ」
と言いながら母は省作の近くに坐《すわ》る。
「お前まあよく話して聞かせろま、どうやって出てきたのさ。お前にこにこ笑いなどして、ほんとに笑いごっちゃねいじゃねいか」
母に叱《しか》られて省作もねころんではいられない。
「おッ母さんに心配かけてすまねいけど、おッ母さん、とてもしようがねんですよ。あんだって
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