い気に入った若いものといえば、あの男なんぞは申し分がない。深田でもたいへん惜しがって、省作が出たあとで大分《だいぶ》揉《も》めたそうだ、親父《おやじ》はなんでもかでも面倒を見ておけというのであったそうな。それもこれもつまりおとよさんのために、省作も深田にいなかったのだから、おとよさんが親に棄《す》てられてもと覚悟したのは決して浮気な沙汰《さた》ではない。現に斎藤でさえ、わたしがこの間、逢《あ》ったら、
 いや腹立つどころではない、僕も一人には死なれ一人には去られ、こうと思いこんで来てくれる女がほしいと思っていたところでしたから、かえっておとよさんの精神には真から敬服しています。
 どうです、それを面目ないの淫奔《いたずら》だのって、現在の親がわが子の悪口をいうたあ、随分無慈悲な親もあればあったもんだ。いや土屋、悪くはとるな」
 薊はことばを尽くし終わって老人の顔を見ている。煙草《たばこ》を一服吸う。老人は一言も答えぬ。
「どうです、まだ任せられませんか、もう理屈は尽きてるから、理屈は抜きにして、それでも親の掟《おきて》に協《かな》わない子だから捨てるというなら、この薊に拾わしてください
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