てられてもとまで覚悟してるんだから、実際|妻《さい》にも話して感心していますよ」
「飛んでもない間違いだ」
 老人は鼻汗いっぱいにかいた顔に苦しい笑いをもらした。おとよの母もここでちょっと口をあく。
「薊《あざみ》さん、ほんとに家のおとよは今ではかわいそうですよ。どうかおとッつさんの機嫌を直したいとばかりいってます」
「ねいおッ母《か》さん、小手の家では必ず省作に身上《しんしょう》を持たせるといってるそうだから、ここは早く綺麗《きれい》に向うへくれるのさ。おッ母さんには御異存はないですな」
「はア、うちで承知さえすれば……」
「土屋さん、もう理屈は考えないで、私に任せてください。若夫婦はもちろんおッ母さんも御異存はない、すると老人一人で故障をいうことになる、そりゃよくない、さあ綺麗に任してください」
 老人はまた一人で酒を注《つ》いで飲む、そうして薊に盃《さかずき》をさす。
「どうです土屋さん……省作に気に入らん所でもありますか。なかには悪口いうものもあるが、公平な目で見ればこの町村千何百戸のうちで省作ぐらい出来のえい若いものはねい。そりゃ才のあるのも学のあるのもあろうけれど、出来のえ
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