のだ」
「まだあんな事を言ってる、理屈をいう人に似合わず解らない老人《としより》だ。それだからあなたは子に不孝な人だというのだ。生きとし生けるもの子をかばわぬものはない、あなたにはわが子をかばうという料簡がないだなあ」
「そんな事はない」
「ないったって、現にやってるじゃねいか。わが子をよく見ようとはしないで、悪く悪くと見てる、いわば自分の片意地な料簡から、おとよさんを強いて淫奔《いたずら》ものにしてしまおうとしてる、何という意地の悪い人だろう」
 この一言には老人も少しまいった。たしかに腹ではまいっても、なるほどそうかとは、口が腐ってもいえない人だ。よほど困ったと見え、独りで酒を注《つ》いで飲む手が少し顫《ふる》えてる。まあ一つといって盃《さかずき》を薊にさす。
「そりゃ土屋さん、男女の関係ちは見ようによれば、みんな淫奔《いたずら》だよ、淫奔であるもないもただ精神の一つにあるだよ。表面の事なんかどうでもえいや、つまらん事から無造作に料簡を動かして、出たり引っこんだりするのか淫奔の親方だよ。それから見るとおとよさんなんかは、こうと思い定めた人のために、どこまでも情を立てて、親に棄《す》
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