ずわれを離れる。
「おとよさんちょっとえい景色ねい、おりて見ましょうか、向うの方からこっちを見たら、またきっと面白いよ」
「そうですねい、わたしもそう思うわ、早くおりて見ましょう、日のくれないうちに」
おとよは金めっきの足に紅玉の玉をつけた釵《かんざし》をさし替え、帯締め直して手早く身繕いをする。ここへ二十七、八の太った女中が、茶具を持って上がってきた。茶代の礼をいうて叮嚀《ていねい》にお辞儀《じぎ》をする。
「出花《でばな》を入れ替えてまいりました、さあどうぞ……」
「あ、今おりて湖水のまわりを廻《まわ》ってくる」
「お二人でいらっしゃいますの……そりゃまあ」
女中は茶を注《つ》ぎながら、横目を働かして、おとよの容姿をみる。おとよは女中には目もくれず、甲斐絹裏《かいきうら》の、しゃらしゃらする羽織《はおり》をとって省作に着せる。省作が下手《へた》に羽織の紐《ひも》を結べば、おとよは物も言わないで、その紐を結び直してやる。おとよは身のこなし、しとやかで品位がある。女中は感に堪《た》えてか、お愛想か、
「お羨《うらや》ましいことねい」
「アハヽヽヽヽ今日はそれでも、羨ましいなどといわ
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