あ私にゃわかんねい」
「それじゃ蛇王様は皹の事ばかり拝む神様かしら」
「そりゃ神様だもの、拝めば何でも御利益《ごりやく》があるさ」
「なんでも手足がなおれば、足袋《たび》なり手袋なりこしらえて上げるんだそうよ、ねい省さん」
「さっきの爺《じい》さんはたいへん御利益があるっていったねい」
三人は罪のない話をしながらいつか蛇王権現《だおうごんげん》の前へくる。それでも三人はすこぶる真面目《まじめ》に祈願をこめて再び池の囲《めぐ》りを駆け廻りつつ愉快に愉快にとうとう日も横日《よこび》になった。
十一
東金町《とうがねまち》の中ほどから北後ろの岡《おか》へ、少しく経上《へあ》がった所に一区をなせる勝地がある。三方岡を囲《めぐ》らし、厚|硝子《ガラス》の大鏡をほうり出したような三角形の小湖水を中にして、寺あり学校あり、農家も多く旅舎《やどや》もある。夕照りうららかな四囲の若葉をその水面に写し、湖心寂然として人世以外に別天地の意味を湛《たた》えている。
この小湖には俗な名がついている、俗な名を言えば清地を汚すの感がある。湖水を挟んで相対している二つの古刹《こさつ》は、東岡なる
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