ている。平坦《へいたん》な北上総《きたかずさ》にはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中《まんなか》ほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。御蛇が池といえば名は怖ろしいが、むしろ女小児《おんなこども》の遊ぶにもよろしき小湖に過ぎぬ。
湖畔の平地に三、四の草屋がある。中に水に臨んだ一|小廬《しょうろ》を[#「一|小廬《しょうろ》を」は底本では「一|小慮《しょうろ》を」]湖月亭《こげつてい》という。求むる人には席を貸すのだ。三人は東金《とうがね》より買い来たれる菓子|果物《くだもの》など取り広げて湖面をながめつつ裏なく語らうのである。
七十ばかりな主《あるじ》の翁《おきな》は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあった。
「水鳥のたぐいにも操《みさお》というものがあると見えまして、雌なり雄なりが一つとられますと、あとに残ったやもめ鳥でしょう、ほかの雌雄が組をなして楽しげに遊んでる中に、一つ淋《さび》しく片寄って哀れに鳴いてるのを見ることがあります。そういうこ
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