》というものでないか、えいか」
おとよはこの時はらはらと涙を膝《ひざ》の上に落とした。涙の顔を拭《ぬぐ》おうともせず、唇《くちびる》を固く結んで頭を下げている。母もかわいそうになって眼《め》は潤《うる》んでいる。
「省作の家《いえ》にしろ家《うち》にしろ、深田への手前秋葉への手前、お前たちの淫奔《いたずら》を許しては第一家の面目《めんぼく》が立たない。今度の斎藤に対しても実に面目もない事でないか。お前たち二人は好いた同士でそれでえいにしても、親兄弟の迷惑をどうする気か、おとよ、お前は二人さえよければ親兄弟などはどうでもえいと思うのか。できた事は仕方ないとしても、どうしてそれが改めてくれられない。省作への義理があろうけれど、それは人をもって話のしようはいくらもある。これまでは親兄弟に対してよく筋道の立ってたお前、このくらいの道理の聞き判《わか》らないお前ではなかったに、どうもおれには不思議でなんねい。おれはよんべちっとも寝なかった」
こう言って父も思い迫ったごとく眼に涙を浮かべた。母はとうから涙を拭《ぬぐ》うている。おとよはもとより苦痛に身をささえかねている。
「それもこれもお前が心
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