人にはお前も一度ぐらい逢った事があろう、お互いに何もかも知れきってる間だから、誠《まこと》に苦《く》なしだ。この月初めから話があっての、向うで言うにゃの、おとよさんの事はよく知ってる、ただおとよさんが得心《とくしん》して来てくれさえすれば、来た日からでも身上《しんしょう》の賄《まかな》いもしてもらいたいっての、それは執心な懇望よ、向うは三度目だけれどお前も二度目だからそりゃ仕方がない。三度目でも子供がないから初縁も同じだ。一度あんな所へやってお前にも気の毒であったから、今度は判《わか》ってるが念のために一応調べた。負債などは少しもない、地所はうちの倍ある。一度は村長までした人だし、まあお前の婿にして申し分のないつもりじゃ。お前はあそこへゆけばこの上ない仕合せとおれは思うのだ。それでもう家じゅう異存はなし、今はお前の挨拶《あいさつ》一つできまるのだ。はずれの旦那はもうちゃんときまったようなつもりで帰られた。おとよ、よもやお前に異存はあるまいの」
おとよは人形のようになってだまってる。
「おとよ、異存はねいだの。なに結構至極《けっこうしごく》な所だからきめてしまってもよいと思ったけど、お
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