ある、今度ようやく二人がこうと思えば、すぐにわたしの縁談、わたしは身も世もあらぬ思い、生きた心はありません。
けれども省様、この上どのような事があろうとわたしの覚悟は動きませぬ。体はよし手と足と一つ一つにちぎりとらるるともわたしの心はあなたを離れませぬ。
こうは覚悟していますものの、いよいよ二人一緒になるまでには、どんな艱難《かんなん》を見ることか判《わか》りませぬ。何とぞわたしの胸の中を察してくださいませ。常にも似ず愚痴ばかり申し上げ失礼いたし候《そうろう》。こんな事申し上ぐるにも心は慰み申し候。それでも省さまという人のあるわたし、決して不仕合せとは思いませぬ」
種まきの仕度で世間は忙しい。枝垂柳《しだれやなぎ》もほんのり青みが見えるようになった。彼岸桜《ひがんざくら》の咲くとか咲かぬという事が話の問題になる頃は、都でも田舎《いなか》でも、人の心の最も浮き立つ季節である。
某《なにがし》の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は他国から稼《かせ》ぎに来てる男と馴《な》れ合って逃げ出す所
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