とであんまり失礼であったと思いました。それもこれも悲しさ嬉《うれ》しさ一度に胸にこみ合い止め度なくなったゆえとおゆるし下されたく、省さま、わたしはこの頃《ごろ》無《む》しょうと気が弱くなりました。あなたさまの事を思えばすぐ涙が出ますの。それにつけてもありがたいお兄様のおことば、あなたさまの方はそれで安心ができます。
 わたしの考えには深田の手前秋葉(清六の家)の手前あなたのお家にしてもわたしの家にしても、私ども二人が見すぼらしい暮しを近所にしておったでは、何分世間が悪いでしょう、して見れば二人はどうしても故郷を出退《での》くほかないと思います。精《くわ》しくはお目にかかっての事ですが、東京へ出るがよいかと思います。
 それにつけてもわたしの家ですが、御承知のとおり親父《おやじ》はまことに片意地の人ですから、とてもわたしの言うことなどは聞いてくれそうもありませぬ。それに昨今どうやらわたしの縁談ばなしがある様子に見えます。また間違いの起こらぬうちに早くというような事をちらと聞きました、なんという情けない事でしょう。省さんが一人の時分にはわたしに相手があり、わたしが一人になれば省さんに相手が
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