たとえ》にいう通り、婿ちもんはいやなもんよ。それに省作君などはおとよさんという人があるんだもの、清公に聞かれちゃ悪いが、百俵付けがなんだい、深田に田地が百俵付けあったってそれがなんだ。婿一人の小遣《こづか》い銭にできやしまいし、おつねさんに百俵付けを括《くく》りつけたって、体《からだ》一つのおとよさんと比べて、とても天秤《てんびん》にはならないや。一万円がほしいか、おとよさんがほしいかといや、おいら一秒間も考えないで……」
「おとよさんほしいというか、嬶《かかあ》にいいつけてやるど、やあいやあい」
 で話はおしまいになる。おはまが帰って一々省作に話して聞かせる。そんな次第だから省作は奥へ引っ込んでて、夜でなけりゃ外へ出ない。隣の人たちにもどうも工合が悪い。おはまばかり以前にも増して一生懸命に同情しているけれど、向うが身上《しんしょう》がえいというので、仕度にも婚礼にも少なからぬ費用を投じたにかかわらず、四月《よつき》といられないで出て来た。それも身から出た錆《さび》というような始末だから一層兄夫婦に対して肩身が狭い。自分ばかりでなく母までが肩身狭がっている。平生《へいぜい》ごく人のよい
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