ない、おとよさんがあきらめねけりゃ、省さんは深田にいられやしない。深田のおッ母さんはたいへんおとよさんを恨んでるっさ。おつねさんもね、実は省さんを置きたかったんだって、それだから、省さんが出たあとで三日寝ていたっち話だ。わたしゃほんとにおつねさんがかわいそうだわ、省さんはほんとに憎いや」
 これは女側から出た声だ。
「なんだいべらぼう、ほめるんやらくさすんやら、お気の毒さま、手がとどかないや。省さんほんとに憎いや、もねいもんだ」
「そんなに言うない。おはまさんなんかかわいそうな所があるんだアな、同病|相憐《あいあわれ》むというんじゃねいか、ハヽヽヽヽヽ」
「あん畜生、ほんとにぶちのめしてやりたいな」
「だれを」
「あの野郎をさ」
「あの野郎じゃわからねいや」
「ばかに下等になってきたあな、よせよせ」
 おはまがいるから、悪口もこのくらいで済んだ。おはまでもいなかったら、なかなかこのくらいの悪口では済まない。省作の悪口を言うとおはまに憎がられる、おはまには悪くおもわれたくないてあいばかりだから、話は下火になった。政公の気焔《きえん》が最後に振《ふる》っている。
「おらも婿だが、昔から譬《
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