へ手を付けんのだから、おれの勝手だ。お前もそんつもりでな、東京で何か仕事を覚えろ……おとよさんのおとッつさんが、むずかしい事をいうのも、つまりわが子|可愛《かわい》さからの事に違いあんめいから、そりゃそのうちどうにかなるよ、心配せんで着々実行にかかるさ。
兄はこう言うんですから、私の方は心配ないです。佐介さんにお千代さんから、よくそう申してください、おとッつさんの方も何分頼みます」
お千代は平生《へいぜい》妹ながら何事も自分より上手《うわて》と敬しておったおとよに対し、今日ばかりは真の姉らしくあったのが、無上《むしょう》に嬉《うれ》しい。
「それではもうおとよさん安心だわ。これからはおとッつさん一人《ひとり》だけですから、うちでどうにか話するでしょう。今日はほんとに愉快であったわねい」
「ほんとにお千代さん、おとッつさんをいつまでああして怒《おこ》らしておくのは、わたしは何ほどつらいかしれないわ。おとッつさんの言う事にちっとも御無理はないんだから、どうにかしておとッつさんの機嫌《きげん》を直したい、わたしは……」
「そりゃ私だっておとよさんの苦心は充分察してるのさ」
省作はお千代とおとよの顔を見比べて、
「お千代さん、おとよさんは少し元のおとよさんと違ってきたね」
「どう違うの」
「元はもっと、きっぱりとしていて、今のように苦労性でなかったよ。近頃はばかに気が弱くなった、おとよさんは」
おとよは、長くはっきりした目に笑《え》みを湛《たた》えてわきを見ている。
「それも省さんがあんまりおとよさんに苦労さしたからさ」
「そんな事はねい、私はいつでもおとよさんの言いなりだもの」
「まあ憎らしい、あんなこといって」
「そんなら省さん、なで深田へ養子にいった」
お千代はこう言ってハヽヽヽヽと笑う。
「それもおとよさんが行けって言ったからさ」
「もうやめだやめだ、こんなこといってると、鴨《かも》に笑われる。おとよさん省さん、さあさあ蛇王様へ詣《まい》ってきましょう」
三人はばたばた外へ出る。池の北側の小路《こみち》を渚《なぎさ》について七、八町|廻《まわ》れば養安寺村である。追いつ追われつ、草花を採ったり小石を拾って投げたり、蛇がいたと言っては三人がしがみ合ったりして、池の岸を廻ってゆく。
「省さん、蛇王様はなで皹《あかぎれ》の神様でしょうか」
「なでだか神様のこた
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