長が生徒を愛する念の深きにいまさらながらおどろいた。
「ごもっともです」と朝井先生はいった。「校長の情け深いお説に対してはもうしあげようもありません、しかし教育者は一頭のひつじのために九十九の羊を捨てることはできません、ひとりのコレラ患者《かんじゃ》のために全校の生徒を殺すことはできません、阪井については師範校からも苦情がきております、かれの父はかれよりも凶悪です、しかも政党の有力者であり助役であるところからしてその子がどんな悪いことをしても罰することができないのだと世間で学校を嘲笑《ちょうしょう》しています、学校の威厳が一《ひと》たびくずれると生徒が決してわれわれの訓戒をきかなくなります。かたがたこの場合断固たる処置をとられることを希望致します」
「よろしい、きめましょう、一週間の停学にしましょう、それでもだめだったら退校にしましょう、どんな罪があろうと、その罪の一半《いっぱん》は私の徳《とく》の足らないためだと私は思います、私も深く反省しましょう、諸君もより以上に注意してください、悪い親を持った一少年を学校が見捨てたら、もうそれっきりですからなあ」
 寛大すぎるとは思ったが朝井先生
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