手にひとりのたい焼き屋が屋台をすえた。それはよぼよぼのおじいさんで銀の針のような短いひげがあごに生《は》え、目にはいつも涙をためてそれをきたないてぬぐいでふきふきするのであった。まずかまどの下に粉炭《こなずみ》をくべ、上に鉄の板をのせる。板にはたいのような形が彫《ほ》ってあるので、じいさんはそれにメリケン粉をどろりと流す、それから目やにをちょっとふいてつぎにあんを入れその上にまたメリケン粉を流す。
 最初はじいさんがきたないのでだれも近よらなかったが、ひとりそれを買ったものがあったので、われもわれもと雷同《らいどう》した、二年生はてんでにたい焼きをほおばって、道路をうろうろした、中学校の後ろは師範学校《しはんがっこう》である、由来いずれの県でも中学と師範とは仲《なか》が悪い、前者は後者をののしって官費《かんぴ》の食客だといい、後者は前者をののしって親のすねかじりだという。
 師範の生徒は中学生がたい焼きを食っているのを見て手をうってわらった。わらったのが悪いといって阪井生蕃《さかいせいばん》が石の雨を降らした。逃げ去った師範生は同級生を引率《いんそつ》してはるかに嘲笑《ちょうしょう》し
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