大将を銃剣で刺《さ》したくだりを話すときにはその目が輝きその顔は昔のほこりにみちて朱《しゅ》のごとく赤くなるのであった。
「そのときわが鎌田聯隊長殿《かまだれんたいちょうどの》は、馬の上で剣を高くふって突貫《とっかん》! と号令をかけた。そこで大沢《おおさわ》一等卒はまっさきかけて疾風《しっぷう》のごとく突貫した。敵は名に負う袁世凱《えんせいがい》の手兵だ、どッどッどッと煙をたてて寄せくる兵は何千何万、とてもかなうべきはずがない」
「逃げたか」とだれかがいう。
「逃げるもんか、日本男児だ、大沢一等卒は銃剣をまっこうにふりかぶって」
「らっぱはどうした」
「らっぱは背中へせおいこんだ」
「らっぱ卒にも銃剣があるのか」
「あるとも、兵たる以上は……まあだまって聞け大沢一等卒は……」
「いまや小使いになってる」
生徒は「わっ」とわらいだす、大抵《たいてい》このぐらいのところで軍談は中止になるのだが、かれはそれにもこりず生徒をつかまえては懐旧談をつづけるのであった。大沢一等卒がはたしてそれだけの武功があったかどうかは何人《なんぴと》も知らないことなのだが、生徒間ではそれを信ずる者がなかった。
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