大沢小使いの一番おそれていたのは体操の先生の阪本少尉《さかもとしょうい》であった、かれは少尉の顔を見るといつも直立不動の姿勢で最敬礼をするのであった。
「小使い! お茶をくれ」
「はい、お茶を持ってまいります」
 実際大沢は校長に対するよりも少尉に対する方が慇懃《いんぎん》であった、生徒はかれを最敬礼とあだ名した。
 最敬礼のもっともきらいなのは生蕃であった、生蕃はいつもかれを罵倒《ばとう》した。生蕃は大沢一等卒が牙山《がざん》の戦いで一生懸命に逃げてアンペラを頭からかぶって雪隠《せっちん》でお念仏をとなえていたといった。それに対して大沢は顔を赤くして反駁《はんばく》した。
「見もしないでそんなことをいうものじゃない」
「おれは見ないけれども官報にちゃんとでていたよ」と生蕃がいった。
「とほうもねえ、そんな官報があるもんですか」
 なにかにつけて大沢と生蕃は喧嘩した、それがある日らっぱのことで破裂した。大沢が他の用事をしているときに生蕃がらっぱをぬすんでどこかへいってしまった。これは大沢にとってゆゆしき大事であった。大沢は血眼《ちまなこ》になってらっぱを探した、そうしてとうとう生蕃があ
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