しきる。千三はだまってうつむいていた。
社会のどん底にけおとされて、貧苦に小さな胸をいため、伯父は牢獄《ろうごく》にあり、わが身はどろにあえぐふなのごときいまの場合に、ただひとり万斛《ばんこく》の同情と親愛をよせてくれる人があると思うと、千三の胸に感激《かんげき》の血が高波のごとくおどらざるを得ない。かれは石のごとく沈黙した。
「ねえ青木君、ぼくの心持ちがわかってくれたろうね」
「…………」
「明日《あした》からでも商売をやめてね、伯父さんがでてくるまで休んでね、そうしてきみは試験の準備にかかるんだね、決して不自由な思いはさせないよ」
「…………」
「ぼくはね、金持ちだからといっていばるわけじゃないよ、それはきみもわかってくれるだろうね」
「無論……無論……ぼくは……」
千三ははじめて口を開いたが、胸が一ぱいになって、なんにもいえなくなった。はげしいすすりなきが一度に破裂した。
「ありがとう……ぼくはうれしい」
涙はほおを伝うて滴々《てきてき》として足元に落ちた。足にはわらじをはいている。
「じゃね、そうしてくれるかね」と光一も涙をほろほろこぼしながらいった。
「いいや」と千三は
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