頭をふった。
「いやなのかい」
「お志は感謝します。だが柳さん」
千三はふたたび沈黙した。肩をゆする大きなため息がいくども起こった。
「わがままのようだけれどもぼくはお世話になることはできません」
「どうして?」
「ぼくはねえ柳さん、ぼくは独力でやりとおしたいんです、人の世話になって成功するのはだれでもできます、ぼくはひとりで……ひとりでやって失敗したところがだれにも迷惑をかけません、ぼくはひとりでやりたいのです」
「しかしきみ」
光一は千三の手をきびしくにぎりしめてじっと顔を見詰めたが、やがて茫然《ぼうぜん》と手を放した。
「失敬した、きみのいうところは実にもっともだ、ぼくはなんにもいえない」
庭の茂りのあいだから文子の声が聞こえた。
「兄さん! ご飯よ、今日《きょう》はコロッケよ」
「そんなことをいうものじゃない」と光一はしかるようにいった、文子の声はやんだ。
「どうか悪く思わないようにね」と千三がいった。
「いや、ぼくこそ失敬したよ」と光一はいった。
「いままでどおりにお願いします」
「ぼくもね」
ふたりはふたたびかたい握手《あくしゅ》をした。
「コロッケがさめるわよ」と
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