年のあいだ平和に育った、そこにはあらい風もふかず冷たい雨も降らず、やさしい先生の慈愛の目に見まもられて、春の草に遊ぶ小ばとのごとくうたいつ走りつおどりつわらった、そこには階級の偏頗《へんぱ》もなく、貧富の差異もなく、勉強するものは一番になりなまけるものは落第した、だが六年のおわり! おおそれは喜ぶべき卒業式か、はたまた悲しむべき卒業式か、告別の歌をうたうとともに同じ巣《す》のはとやすずめは西と東、上と下へ画然《かくぜん》とわかれた。
親のある者、金のある者はなお学府の階段をよじ登って高等へ進み師範《しはん》へ進み商業学校へ進む、しからざるものはこの日をかぎりに学問と永久にわかれてしまった。
チビ公は月光をあびながら立ちどまって感慨にふけった。
「やいチビ」
突然《とつぜん》声が聞こえて路地の垣根から生蕃があらわれた。
「折詰《おりづめ》をよこせ」
「いやだよ」とチビ公は折り箱をふところに押しこんだ。
「いやだ? こら豊松はおとなしくおれにみつぎをささげたのにおまえはいやだというのか」
「いやだ、これは伯父《おじ》さんにあげるんだから」
「やい、こらッ、きさまはおれのげんこつがこわ
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