たとて決してそれをしかったりわらったりするような父母兄弟や先生はこの世にない。
読者諸君! 少年時代に一番つつしまねばならぬのは娯楽である。娯楽にはいろいろある、目の娯楽、耳の娯楽、口の娯楽、それらよりももっとも有益なのは心の娯楽である。
活動写真、飲食店、諸君がいつも誘惑《ゆうわく》を受けるのはこれである。娯楽には友達が必要である、諸君はこのために活動の友達や飲食の友達ができる。不良気分がここから胚胎《はいたい》する。そのうちに奸知《かんち》あるもの、良心にとぼしきものはこの娯楽を得るために盗賊を働く、ひとりでは心細いから相棒を作る、弱いものを脅迫して金品をまきあげる、他の子女を誘惑して同類にひっこむ、一度《ひとたび》この泥田《どろた》に足をつっこむともう身動きができなくなる。
読者諸君! 孝子は巌牆《がんしょう》の下《もと》に立たずといにしえの聖人がいった、親のあるものは自重せねばならぬ、兄弟姉妹のあるもの、先輩のあるものは自重せねばならぬ、いやしい娯楽場へ足をふみ入れて生涯をあやまることは愚のきわみである。
さて文子はどうなったか、文子の兄光一はそのころ野球にいそがしかっ
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