じろりと見やったがその目から涙がぼろぼろこぼれた。一円|紙幣《さつ》がぬれては困《こま》ると千三は思った。
「逆臣《ぎゃくしん》尊氏《たかうじ》に攻《せ》められて、天《あめ》が下《した》御衣《ぎょい》の御袖《おんそで》乾《かわ》く間も在《おわ》さぬのじゃ」
「それでは……これが……本当の……」
 千三は仰天して思わず大地にひざまずいた。このとき行列が静々とお通りになる。
「まっ先にきた小桜縅《こざくらおどし》のよろい着て葦毛《あしげ》の馬に乗り、重籐《しげどう》の弓《ゆみ》を持ってたかの切斑《きりふ》の矢《や》を負い、くわ形《がた》のかぶとを馬の平首につけたのはあれは楠正行《くすのきまさつら》じゃ」
 とおじいさんがいった。
「ああそうですか、それと並んで紺青《こんじょう》のよろいを着て鉢巻きをしているのはどなたですか」
「あれは正行《まさつら》の従兄弟《いとこ》和田正朝《わだまさとも》じゃ」
「へえ」
「そら御輿《みこし》がお通りになる、頭をさげい、ああおやせましましたこと、一天万乗《いってんばんじょう》の御君《おんきみ》が戦塵《せんじん》にまみれて山また山、谷また谷、北に南に御《お
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