こうの山々もことごとく桜である。右も桜左も桜、上も桜下も桜、天地は桜の花にうずもれて白《はく》一白《いっぱく》、落英《らくえい》繽紛《ひんぷん》として顔に冷たい。
「ああきれいなところだなあ」
 こう思うとたんにしずかに馬蹄《ばてい》の音がどこからとなくきこえる。
「ぱかぱかぱかぱか」
 煙のごとくかすむ花の薄絹《うすぎぬ》を透《とお》して人馬の行列が見える。にしきのみ旗、にしきのみ輿《こし》! その前後をまもるよろい武者! さながらにしき絵のよう。
 行列は花の木の間を縫《ぬ》うて薄絹の中から、そろりそろりと現われてくる。
「下に座って下に座って」
 声が聞こえるのでわきを見るとひとりの白髪の老翁《ろうおう》が大地にひざまずいている。
「おじいさんこれはなんの行列ですか」
 こうたずねるとおじいさんは千三の顔をじっと眺めた、それは紙幣で見たことのある武内宿禰《たけのうちのすくね》に似た顔であった。
「あれはな、後村上天皇《ごむらかみてんのう》がいま行幸《みゆき》になったところだ」
「ああそれじゃここは?」
「吉野《よしの》だ」
「どうしてここへいらっしったのです」
 じいさんは千三を
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