読んでいた。
「いかんいかん」と先生はどなった。「もっと声を大きくして漢文は朗々《ろうろう》として吟《ぎん》ずべきものだ、語尾をはっきりせんのは心が臆《おく》しているからだ、聖賢の書を読むになんのやましいところがある、この家がこわれるような声で読め」
 教師はまっかな顔をして大きな声で読んだ、先生はだまって聞いていた。
「よしっ、きみは子弟を教育するんだ、とかくに今日の学校は朗読法をないがしろにするきらいがある、大切なことだぜ」
 先生はひょろ長いやせた首を伸ばして末座にちぢまっている千三を見おろした。
「きみ、ここへきたまえ」
「はあ」
「きみの名は?」
「青木千三です」
「うむ、なにをやるか」
「英漢数です」
「よしッ、これを読んでみい」
 先生は一冊の本を千三の前へ投げだした。それは黒茶色の表紙の着いた日本とじであった。標箋《ひょうせん》に大学と書いてある。
「これをですか」
 千三は中学校一、二年生の国語漢文読本をおそわるつもりであった、いま大学という書を見て急におどろいた。大学という本の名を知ったのもはじめてである。
「うむ」
「どこを読むのですか」
「どこでもいい」
 千三
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