生が汽車に乗ったか、乗ったときにどんな風であったか、それをつまびらかに知ってるものはなかった、一同がプラットホームへ流れでたときにはや汽車が動きだした。
「久保井先生万歳」
 熱狂の声が怒濤《どとう》のごとく起こった。
 窓から半身をだした校長の顔はわかやかに輝いた。かれは両手を高くあげて声のあらんかぎりに叫んだ。
「浦和中学バンザアイ」
「久保井先生バンザアイ」
 もう汽車は見えなくなった、生徒はぞろりぞろりと力なく停車場をでた。
 ちょうど汽車が動きだしたとき、ひとりの少年が大急ぎでやってきた、改札口が閉鎖されたのでかれはさくを乗り越えようとした。
「いけません」
 駅員はかれをつきとばした。かれはよろよろと倒れそうになって泳ぐように五、六歩しざった、そうしてやっと壁に身体《からだ》をもたらして呼吸《いき》をきらしながらだまった、その片手は繃帯《ほうたい》にまかれて首からつられてある。彼の胸があらわになったときその胸元もまた繃帯されてあるのが見えた。
 かれはだまって便所と倉庫らしい建物のあいだへでた、そこには焼きくいの柵《さく》が結われてある、かれはそこに立って片ひじを柵においた
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