場へゆくとはや東から西から南から北から見送りの生徒が三々五々集まりつつあった。昨日《きのう》の申しあわせで生徒はことごとく和服で集まることになっていた、白がすりに小倉《こくら》のはかま、手ぬぐいを左の腰にさげて、ほおばのげたをがらがら引きずるさまがめずらしいので、町の人々はなにごとがはじまったかとあやしんだ。
 集まるものはことごとく少壮の士、ふきだしそうな血は全身におどっている、その欝勃《うつぼつ》たる客気はなにものかにふれると爆発する、しかも今や涙をもって慈父のごとく敬愛する校長とわかれんとするのである。危険は刻々にせまってくる。かれらはなにを見てもさわいだ。馬が荷車をひいて走ったといっては喝采し、おばあさんが転んだといっては喝采し、巡査が饅頭《まんじゅう》を食っているのを見ては喝采した。
 小原はきわめて手際《てぎわ》よくかれらを鎮撫《ちんぶ》した、かれは平素沈黙であるかわりにこういうときにはわれ鐘のような声で一同を制するのであった。野球試合のときどんな難戦におちいってもかれはマスクをぬぎ両手をあげて「しっかりやれよ」と叫ぶと、三軍の元気にわかに振粛《しんしゅく》するのであった。
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