れはこう叫んで倒れそうになった、とたんに覚平の腕は早くもかれの胴体をかかえた。
「おい、しっかりしろ」と覚平はいった。
「きさまはおれを殺しにきたのか」
「助けにきたんだ」
 覚平は猛太と巌を左右にかかえた、そうして全力をこめて窓の外へおどりでた。
 当直の人々や近所の人々によって火は消されたが、室内の什器《じゅうき》はほとんど用をなさなかった。重要な書類はことごとく消失した。
 人々は窓の外に倒れている猛太父子を病院に送った。覚平は人々とともに消火につとめた、さわぎのうちに夜がほのぼのと明けた。
 町は鼎《かなえ》のわくがごとく流言蜚語《りゅうげんひご》が起こった。不正工事の問題が起こりつつあり、大疑獄《だいぎごく》がここに開かれんとする矢先《やさき》に役場に放火をしたものがあるということは何人《なんぴと》といえども疑わずにいられない。甲《こう》はこういう。
「これは同志会すなわち役場派の者が証拠《しょうこ》を堙滅《いんめつ》させるために放火したのである」
 乙《おつ》はこういう。
「役場反対派すなわち立憲党のやつらが役場を疑わせるために故意に放火したのだ」
 色眼鏡をもってみるとい
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