きらさせた、それはろうそくの光でもなければガスの光でもない、穂末《ほずえ》の煙が黒みと白みと混合して牛乳色に天井《てんじょう》に立ちのぼった。
 巌はわれをわすれて窓によじのぼり、奔馬《ほんば》のごとくろうかへ降りた。窓から南風がさっとふきこんだ、炎々《えんえん》たる火光と黒煙のあいだに父は非常な迅速《じんそく》さをもって帳簿箱に油を注いでいる、石油の臭《にお》いは窒息《ちっそく》するばかりにはげしく鼻をつく、そうしてすさまじい勢いをもって煙を一ぱいにみなぎらす、焔《ほのお》の舌は見る見る床板をなめ、テーブルをなめ、壁を伝うて天井を這《は》わんとしつつある。
 巌はいきなり、そこにある机かけをとって床の上の火炎をたたきだした。
「だれだ」と父は忍び声にどなった。
「ぼくですお父さん」
「おまえか……なにをする」
「消しましょう」
「あぶない、早く逃げろ」
「消しましょう」と巌はなおも火をたたきながらいった。
「危《あぶ》ない、早く早く、逃げろ」
 ぱちぱちとけたたましい音がして黒煙はいくつとなく並んだテーブルの下をくぐって噴水のごとく向こうの穴から噴きだした。窓という窓のガラスは昼のご
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