きりはら》ひ、書生と下女とに送られて新橋《しんばし》に至り、発車を待つ間にも児《じ》は如何《いか》になし居るやらんと、心は千々《ちゞ》に砕けて、血を吐く思ひとは是なるべし。実《げ》に人生の悲しみは頑是《ぐわんぜ》なき愛児を手離すより悲しきはなきものを、それをすら強《し》ひて堪へねばならぬとは、是れも偏《ひとへ》に秘密を契《ちぎ》りし罪悪の罰ならんと、吾れと心を取り直《なほ》して、唯《たゞ》一人心細き旅路に上《のぼ》りけるに、車中《しやちゆう》片岡直温《かたをかちよくをん》氏《し》が嫂《あによめ》某女《ぼうぢよ》と同行《どうかう》せられしに逢ひ、同女が嬰児《えいじ》を懐《ふところ》に抱きて愛撫《あいぶ》一方《ひとかた》ならざる有様を目撃するにつけても、他人の手に愛児を残す母親の浅ましさ、愛児の不憫《ふびん》さ、探《さぐ》りなれたる母の乳房に離れて、俄《には》かに牛乳を与へらるゝさへあるに、哺乳器の哺《ふく》みがたくて、今頃は如何《いか》に泣き悲しみてやあらん、汝《なれ》が恋ふる乳房はこゝに在るものを、そも一秒時毎に、汝《なれ》と遠ざかりまさるなりなど、吾れながら日頃の雄々しき心は失《う》
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